2021年2月10日水曜日

エミリー・ディキンスン論が掲載されました

 『英文学研究 支部統合号(『関東英文学研究)』(vol. 13, 2021, pp. 79-87 [pp.29-37])に“Nature’s Dining Room”: Emily Dickinson’s Multispecies Imaginationが掲載されました。

2015年に科研費「動物殺しの比較民族誌研究」(研究代表者:奥野克巳先生)の研究会で刺激を受け、その後、「マルチ・スピーシーズ」の概念をアメリカ詩の読解に活かすことはできないかと考えてきました。内容はニュー・マテリアリズムやラトゥールのアクター・ネットワーク理論の見地を下敷きにしていますが、私の議論そのものは、あまり斬新なものではないという自覚はあって、19世紀半ばにおけるキリスト教的自然観と存在論的自然観の相克を、詩作品の中の鳥(とりわけrobin)の表象に読みとるという内容になっています。理論・方法論については次回以降の論文で彫琢させていきたいと思っています。

ディキンスンへの思いは、大学院時代に渡辺信二先生の授業で育まれていて、いつか論文を書きたいとおもっていましたが、なかなか時間がつくれずにいました。そこへ一昨年、日本ソロー学会からの依頼で江田孝臣『エミリ・ディキンスンを理詰めで読む−−新たな詩人像をもとめて』の書評を担当させていただく機会に恵まれ、詩集の再読を進めていました。

さらに、2020年4月にコロナ禍のアメリカで、予定していた共同研究や学会参加、フィールドワークをすべてキャンセルしぜるをえなくなり、ステイ・ホームを余儀なくされました。そのくやしさをバネに集中的に関連論文を読んで完成させたのが、この論文です。査読の過程では、編集委員の先生方にかなり有益かつ励ましのコメントをいただき、今後にもつながる気づきを賜りました。そうした意味でも、私にとっては思い入れの深い論文です。

J-Stageを通じたオープン・アクセスまでは時間を要するので、日本英文学会会員以外でご興味をもってくださった方には、抜刷のコピーを添付メールいたします。ウェブサイト下部のコンタクト・フォームからご連絡ください。

2020年11月23日月曜日

ブルデュー読書会『世界の悲惨』1

第1冊第Ⅲ部 国家の不作為公判

 国家の視点 パトリック・シャンパーニュ

    ■移民流入の「費用」と「便益」 (アブデルマレク・サヤド)

 秩序を維持する法執行者の無秩序 レミ・ルノワール

  貧乏人の警察 レミ・ルノワール

   警 視 〈聞き手〉レミ・ルノワール

  女性であり、警察官であること レミ・ルノワール

   若い女性刑事 〈聞き手〉レミ・ルノワール

  生身の糾弾 レミ・ルノワール

   司法官 〈聞き手〉レミ・ルノワール

・・・

『世界の悲惨I』はこれまで貧困にあえぐ階層に焦点を当ててきたが、第Ⅲ部では、知識人階層・官僚機構に属する人びとへの聴きとりを行っている。とりわけ後半では権力側に属する(とされている)警察や司法にかかわる者の声に耳を傾け、その声に宿る「憤り」や「苛立ち」「皮肉」の由来を問うている。


彼らは公的サービスを提供する者たちであり、教養を備えた知識人としての自意識がある。それゆえ、客観的に自己分析し、自らの発言がバランスのとれた見方であるように冷静に語る。しかし、語り手は自分をそのように演出しているに過ぎない。その平静を装おうとするふるまいこそが分析対象となる。そこに語り手の癖が表出するからだ。聞きては、語り手からその「癖」を引き出し、分節化する。そのためには、精神分析的な手法のみでは十分ではないことは明らかだ。フランス特有の警察機構の特徴を踏まえる必要がある。


警察機構はアメリカにおけるBLMの文脈で、にわかに議論が活発化しているが、各国、そのシステムに大きな違いがある。『秘密の森』は韓国特有の警察と検察の対立図式を浮きぼりにしているし、映画『シャーロック』、ウェールズを舞台としたドラマ『ヒンターランド』などを観れば、イギリスの地方警察がアメリカなどと異なって、いかに「丸腰」かが描きだされているという。


『世界の悲惨』第III部が聴きとるのは、いずれも教養と正義感をもつ警察官・司法官である。フランスにおける1980年代後半という時代性が反映されている。地方出身であること、女性であること、これまで司法を担う階級ではない出自であったりすることなどが、彼らのような公的な仕事に就く人びとの間に精神的な軋轢を生み出している。その原因はまず、「理想」と「現実」の乖離であり、幻想と実態のギャップに精神的な「悲惨」が読みこまれている。


聞き手の社会学者たちは、彼らが表現する憤りを「理想」が高すぎるゆえの苦しみであると述べる。そうした「幻想」は出自によるハビトゥスによるものだということだろう。だが、すべてを文化資本の差に回収してしまような、その分析の手つきはいささか冷淡すぎるのではないか。じっさい、後日、語り手がこの文章を読んだときのショックはどう説明されていたのだろうか?という疑問が出された。


そうした冷淡さの背後に、本書全体のテーマ「国家が国家としての役割を果たせなくなっている」(北條)現実を映し出す企図を読みとるならば、多少は、そのショックは和らぐのかもしれない。あるいは、この一人ひとりは、あなたでありわたしだ、と認識するならば。人はどんなに取り繕っても、ある歪んだ「癖」のある色眼鏡で、自分を正当化しようとするものだ。とはいえ、自己正当化を正当化するような、こうした考えをもってしても、聞き手の分析はなかなかに毒のあるものだ。どう達観すれば、こうした分析を受け入れられるだろうか。


上記の疑問を考えるには、ブルデュー 派が90年代の社会調査の方法論に関しても業績を残したという側面に目を向ける必要がある。きわめて大雑把にいって、それまでのアンケート調査のような量的なものに加えて、質的・個別的な対話を記録するという方法の導入がなされ、その後、2000年代に入ると本格的な談話分析が開始される。沈黙やためらい、言い淀み、声の調子などを分析対象に含める方法論が盛んになる(談話分析については、クールタード『談話分析を学ぶ人のために』、『認知物語論のキーワード』、『世界の手触り フィールド哲学入門』、さらにはポッドキャスト〈四谷会談〉「フィールドワークとは何か」の回参照)。


さらには、語ってくれる人を単なる〈インフォーマント〉と捉えるのではなく、信頼にもとづく長期的な人間関係を構築し、〈共同研究者〉と捉える考え方が提示された。2020年度上智大学史学会(2020/11/13)において藤原辰史は吉岡金市(1902-1986)の農学思想について講演し、吉岡という人物のアカデミズムに対する反骨精神と地域の農民たちとの農業実践を強調した。質疑応答では「吉岡はそうした人びとを情報提供者としてではなく、共同研究者として見ていたのでは」(北條)というコメントが寄せられた。


つまり、「聞きとり」は地域社会への長期的な責任が伴うという観点から据え直されなければならない。この観点からは、岸政彦『マンゴーと手榴弾』が好例である。私には、岸の方法論が、対象者との心的距離の近さが、おもねりにも繋がりかねない危うさをもつようにも思われた(文章がカッコ良すぎるので)。が、その危うさを承知のうえで、緊張をもって言葉がつむがれている限りにおいては、方法論としての対象者との共同作業という見方は、開かれた可能性をもっているのかもしれない。


以上をわたしの文脈に据えて考えると、批評家は存命の作家(の作品)とどう向き合うかという問題につながってくる。これは、表層的なレベルでは、書評を批判的に書くことの難しさにも似ている。あるいは、中上健次や村上龍が柄谷行人と対談をするというような日本の文藝批評の伝統をどう捉えるかという問題でもある。作家との距離を縮める批評家をしばしば目にするが、わたしは基本的にそうした立場には批判的である。そこには批評性が瓦解する危険性が常に伴っていると考えるからだ。批判的と書いたが、むろんそれは自分自身への戒めにすぎない。批評性を保ちつつ書ける批評家はそれでよい。だが、わたしはいったん出会ってしまうと、おそらくその魅力を前にしてファンになってしまう。だから、自分に戒めているという程度の意味だ。


だが、作家も批評家も「共同研究者」であるという視点は大切である。平たく言えば、書き手はそこで対象とする作品を書いた当本人に対して、もれなく責任が伴う。堀さんが指摘されたように、作家に読まれることを想定して、批評家はものを書かなければならないということだ。だから、もし存命の作家について何か書くとすれば、「なんか嫌だな」と思われたとしても、「こいつを次の作品でぎゃふんと言わせてやろう」という文章を心して書かねばならない。さいごに、ヤン・プランパー『感情史の始まり』が北條さんから紹介された。これはアラン・コルバンやA・ヴァンサン=ビュフォー『涙の歴史』の感性の歴史学の系譜に位置づけられるとともに、より理論的で文学的な分析から距離をとったーアナールよりも人類学よりの方法論によるー著作であるらしい。そして、言及した論者による「感情」そのものを扱うというよりも、歴史的事象の背後には「感情」が無視できないという立場であるらしい。少し高価で手を出しづらいが、じっくりと読みこみたい著作である。


文学研究においても、ポスト理論における次なる展望を見究めようとしている現在、情動理論〈affect theory〉の応用が彫琢されてきている。ブルデュー的方法とライフヒストリーないしはフィールドワーク的方法、いずれにしても、観察をする側とされる側が互いに影響を及ぼしあう「感情」がともなう。 これは書く側と書かれる側の緊張関係、読者とテクストの関係にも敷衍できるであろう。

2020年7月3日金曜日

書評・発表コメントについて

いま、書評のためにメモをとりながらとある本を読み進めている。

書評というのは、新聞や商業誌でない限り、思いきって批判的に書くこともできる。とはいえ、よっぽどの大御所であったり、まったく人の反応に無関心な人であったりしない限り、やはり継続的な人間関係にどのような影響を及ぼすのかを考えてしまう。書評は査読とは異なる。だが、厳密な査読システムがないまま書籍という形で論文が量産される現状においては、学術誌に寄せられる書評がある意味での査読の役割を一定程度果たしている、とどこかで聞いたことがある。しかし、もう出版された印刷物に対して、査読コメントのような修正を要求するようなものは書けまい。基本的には、その本がどのような学術的な文脈に位置づけられ、どの程度その意義があるのかを自分なりの視点で捉えなおすというのが、無難な落とし所ということになるだろう。

しかし、書評には読者がいる。ほめるだけの書評を読者は好まない。参考になる書評は往々にして批判的なコメントを含むものである。ならば、優れた書評というのは、ふたつの方向性をもつメッセージを含むものということになるだろう。その本の書き手に対しては鼓舞するような生産的なコメントとして、読み手には本音をそっと伝えるというような形で、例えていえば、ふたつの糸電話に対して交互に伝えるような文体が求められる。それでいて、評者がふたつの紙コップをもっている姿は多くの観客によって見られている可能性がある。

まあ要するに、書きづらいコメントをどのように書くべきか、と悩んでいるのである。そう考えているときに、ふと思い出したのが、もう十数年前、大学院生のときに研究発表をしたときのことだ。懇親会で、ある先生からコメントをいただく機会があった。その先生のことはその日まで寡聞にして存じ上げていなかった。見ず知らずの年配の方からの言葉である。

その先生はニコニコしながら、近づいてきて、とても丁寧な口調で私に言った。

「発表おもしろかったですよ。あなたはたくさんアイデアをもっているようだから、一度に二本とか三本とか、複数の論文を平行して書いてみるといいかもしれませんね。」

その先生からのコメントは、ほめられているような、そうでないような、真意のつかめないものだった。しかし、今になってわかる。あの先生がおっしゃりたかったのは、こういうことだ。

「君はひとつの論文に、無関係のアイデアや脈絡のない先行研究を詰め込みすぎだよ。30分程度の発表に、二つも三つも論点があるようでは、聞いている方も疲れてしまう。あと、君は、発表の目的がふたつある、と言ったね。ひとつにしなさい。欲張りはよくない。ふたつめの目的は、ひとつめの目的に資するようなら使いなさい。あと、傍証のための傍証が多すぎるよ。横滑りもはなはだしい。論述のレイヤーというものをもっと工夫するといいよ。あと、とにかく論述の見通しを良くすることだね。ひとは、君のアイデアは良い、とか、多くの情報が含まれている、とかなんとか、言うもしれない。しかし、それはほめ言葉ではないのだよ。要するに、アイデアがうまく整理されていない、論文の構成を見直したほうがよい、そう理解すべきなんだよ」

たしかに、私の発表は、それまで「勉強」したことをすべて発揮しようとして、たくさんのアイデアを詰め込んだものだった。それでいて、自分でも何を言いたかったのか、ぼんやりしたまま、しゃべったのだった。準備もまともにせず、徹夜続きで書き上げたもので、寝かせて論点を整理することも、まともに推敲することも怠っていた。いまから考えると、空恐ろしい。

「あなたはたくさんアイデアをもっているようだから、一度に二本とか三本とか、複数の論文を書いてみるといいかもしれませんね」

このコメントをもらったのはもう何年も前のことだ。にもかかわらず、そのコメントが、今、その外皮をひらひらと落として、その真意が目の前に突きつけられているような気がする。いま、文章にしてみると、なんのこともない、どちらかというとストレートな苦言であったのかもしれない。しかし、あの時はその真のメッセージには気づけなかった。あの先生のニコニコとした笑顔、やわらかな口調の裏にあったのは、そういうアドバイスだったのか。書評をどう書くべきかという段になって、過去の自分には理解できなかったコメントの真意がよみがえってきたのである。

なぜ、もう少し早く気づかなかったのか。これまでたくさんのコメントを先生方からいただいてきて、その婉曲的な言い方をなぜ真摯に読みとかなかったのか。ひとつには自信がなかったからだろう。自分の実力に向き合うだけの度量がなかった。さらには、特定の人からの助言のみを神格化していたというのもあるかもしれない。これは大学院生にはよくある傾向だと思うが、指導教授やその道の第一人者の意見のみを常に至上のものと理解してしまう。これは当たり前のことであるし、すべての声を聞いていたら、ノイズだらけで論が歪んでしまうことにもなりかねない。だけれども、先入観なく聞いてくれたり読んでくれたりしてくれた方の意見は、尊敬する先生のそれと同じように、いやそれ以上に、貴重なものだ。

大学院生ではなくなると、ますます、ストレートにコメントをしてくれる人が少なくなってくる。これは本当におそろしいことだ。コメントをもらえる場に積極的に出て、いただいた言葉を大切にして、そのメタメッセージを読みとく。おそらく、外皮を削いだそのメッセージは厳しいものであろう。一瞬、ムカつくかもしれないし、一晩は寝込むかもしれない。だけれども、数年かけてその価値に気づくことができれば、大きな成長につながる。そう信じて、もう少しがんばってみることにしよう。そして、あの飄々としてコメントをしてくれた、あのときの先生のようなふるまいが、自分にもできるだろうかと考える。10年早いとはわかってはいるものの、あの10年前の研究発表から今日までは、あっという間に過ぎていったのだから、これからの10年もきっと矢の如くに過ぎていくことだろう。あんなふうに、飄々と若者に近づいていって、タイムカプセルのような助言が仕掛けられるおっさんにどうやったらなれるのだろうか。

2020年6月2日火曜日

暴動について

命からがら、オレゴン州ユージンからサンフランシスコまでやってきた。なぜ「生命からがら」だったのかは、少し時間をおいてから書きたい。とにかく時間が必要だ。いま言えるのは、自分が感じている孤立感、疎外感はきっと理解されないだろうという絶望というのがあるということ、それを救ってくれたのは、マンションの掃除とゴミ捨ての仕事をしてた男だということだけだ。ダンという男の名は一生忘れないだろう。そして、彼の「君がこれ以上お金を払うのは、見ていられない」と言ったときの声を。この経験を語るには、時間が必要だ。そして物語が必要だ。

サンフランシスコに着くと、各地で暴動が起きた。ミネソタで起きたポリスによる黒人のジョージ・フロイド圧殺事件の余波だ。CNNはミネソタをはじめ、ニューヨークからサンタモニカまで拡がるプロテストを報道している。

フライトまで3日ほどの余裕があったので、最後にゴールデンゲートプリッジでも拝んでおこうかと思ったが夜間のcurfew(外出禁止令)が出ていたのであきらめた。空港近くのウェスティンはふだんなら手の届かないような金額だろうが、今は1泊1万円。なかなか快適である。空港近くのダウンタウン、ミルビレーまでUberで行って、US Bankで車売却のお金の換金、ウェストユニオンでネブラスカでの敷金返金分のチェックの換金をする必要があった。また、Wi-Fi解約に伴うルーターの返却のため、UPSへ立ち寄る必要があった。なにしろ、各施設の開店時間がまちまちで、ウェブサイトで確認していっても閉店していることがよくある。今回も、わざわざUberで向かったのに、閉まっていた、という無駄足が数度あった。しかし、ドストエフスキーがかつて言ったように、人間はあらゆる環境に慣れてしまうものだ。でた、でた、またか。出直そう、くらいで済んでしまう。

人間、どんな苦境であっても腹は減る。ここ数日、生き死にの問題がお金の問題となり、ようやく、昼メシの問題にまで軽くなってきた。昼に何食べるかね?とスマホを検索する幸せを感じた。

ミルビレーのダウンタウンの少し外れたところに、「馬車道」という日本食レストランを見つけた。もう日本に帰るんだから、アメリカンでも良かったような気もするが、やはり心が不安なのだろう、アメリカでの日本食を優越感をもちながら、「なかなかやるじゃん」といいながら、食べたかったのだ。

店先でテイクアウト待ちをしていると、同じく注文を待っていたアジア系の男性と話す機会があった。お互いソーシャルディスタンシングをしていたのだが、彼はこちらを気にかける素振りを何度かしてくれて、彼の注文はとったのかい?みたいなことを店員さんに言ってくれてたようで、明らかにナイスな人だったので、声をかけてみた。

「各地で暴動、なんだかすごいことになってるね」

「まあ、こんなのしょっちゅうだけどね」ヴェトナム系2世だという彼は言った。50歳くらいの男でキャップとマスクを身につけている、「もちろん、人種差別には反対だけも、暴れちゃダメだ、暴力はいけない、そこにあったはずの大義は失われてしまう」

しばらく、意見交換をした。彼のより僕の注文が先に出てきた。その紙袋をグラブすると、彼に名前をきいた。マイケルと言った。

もちろん、ぼくはマイケルの意見に賛成だ。だけど、だれにも理解されないだろうという絶望感に押し潰されそうになったばかりのぼくは、少し複雑な気持ちだった。各地で暴動が起きる、そのエネルギーを羨ましくも思った。テレビに映る人々は白人と黒人であり、アジア系はほとんどいなかった。ぼくに家族と所属がなければ、その暴動に飛びこんでいきたい、そのくらいの気持ちはあった。

しかし、警官も仕事として鎮圧をしている。彼らにも家族がある。オレゴンでの命の恩人、ダンは白人だった。プロテスターたちがもつプラカードに「沈黙する白人は暴力的だ」という内容があった。でも、沈黙する自由もあるはずだ。プロテストか人種差別主義者か、という二項対立をアメリカはいまだに生きている。ぼくは沈黙しながら、人種差別に抗議する方法を考えていた。


2020年3月19日木曜日

芦別の夜

これからお話するのは、2年前の夏の終わりのできごとです。

札幌での研究会の後、妻と小旅行に出かける計画を立てていました。星が好きな彼女への慰労も兼ねて、星空がよく見えるようにと人里離れたホテルを予約していました。ぶじ研究会は終わり、翌朝、芦別へ向かうその夜に、大地震が起きました。朝方3時、目を覚ますと「あ、これはやばいな」と思いました。ビジネスホテルの7階は2011年のときの東京と同じくらい揺れました。寝ぼけながら妻が毛布を頭から覆ってくれました。

***
しばらくすると、ホテルの部屋のすべての電気が消えて、非常用の小さな電灯がついた。窓を見ると札幌市内の信号機が消えている。陽が出るのを待って、スーツケースを真っ暗な非常階段で降ろした。余震が続いている。レンタカーを借りることができるのか、芦別までたどり着けるのか、すべてがわからない。ホテルのフロントにもう一泊できるかと尋ねた。コンピュータが動かないから新たな予約は受けられないという。新千歳空港のフライトがすべてキャンセルになった、と伝える紙がフロントデスクに貼られている。

情報を求めて札幌駅へ歩いた。多くの人々が駅の改札口付近で諦めたような顔をしている。コンビニに入ってみた。あらゆる食べものが消えていた。唯一の救いは夏の終わりの札幌が暑くも寒くもなかったことだった。

レンタカー会社に行ってみた。店員はまだ出勤しておらず、軒先のベンチに座っていると、男性が鍵をちゃりんちゃりんさせて小走りで近づいてきた。
「今日は本当は車だせないんすけど、予約しているんだったら、お出ししますよ、あくまで自己責任ということで。信号もストップしてますし、停電がいつ回復するかわからない。道もぼこぼこ。高速は封鎖されてます。それでも行きますか?ガソリンスタンド、大行列ですよ。3時間並んでダメだったって言ってましたから。どこですか目的地、あ、芦別。途中の道、大丈夫かなあ」息を切らせながら、彼はスマホであれこれ調べてくれた。

もう昼過ぎになっていた。札幌市内の混乱は続いていた。コンビニには列ができていて、ドコモショップには充電を求める人々が押しかけている。信号の消えた交差点に警官が出て、棒を振っている。私たちの車はのろのろしながら市街地から抜け出し、国道に出た。ガソリンスタンドごとに車の長蛇の列ができている。

芦別へ向かって2時間ほど走った頃から、信号機が回復し、電気が灯るコンビニも出てきた。ガソリンスタンドも空いてきて、3台くらいしか並んでいない。札幌市内で3時間並ぶんだったら、こっちまで来てガソリンを入れたほうがいいのに、と思っていたら、まったく同じことをラジオのパーソナリティが言った。リスナーからの投書を読み上げるコーナーだった。

夕方近くになっていた。考えてみたら、朝からなにも食べていない。灯りのついたコンビニを見つけて入ってみると、おにぎりやお惣菜の棚は空っぽになっていポットが用意されていた。カップ焼きそばをふたつ買い、お湯を入れて外に出た。太陽が沈み始めている。地平線の向こうに朱色がにじんでいる。後部トランクを開けて、そこに座り、ふたりとも無言で焼きそばを食べた。昨晩食べたうにいくら丼よりもうまかった。

芦別のホテルに着いたとき、まだ7時前だったが、もう暗闇だった。フロントに行くと、ダイナモで灯りをつけている。この地は停電したままのようだ。真っ白なあごヒゲを生やしたおじいさんがにこにこしながら近づいてくる。
「こんなたいへんなときによく来てくださいました。見てのとおり、電気も水もダメなんですが、どうかゆっくりしてってください。そうそう、普段は夕食はやってないんですが、カレーライスをこしらえたんで、よかったら是非」
おいくらですか?と尋ねると、「あ、え、そうですね、じゃあ500円」とおじいさんは言った。薄暗いロビーで大盛りのカレーを食べた。焼きそばをさっき食べたばかりだったのを忘れていた。

真っ暗な部屋に入ると、水もでない、電気もつかない、Wi-Fiもなかった。寝るしかないが、寝れなかった。昨夜の揺れを思いだす。2011年のことも頭をよぎった。そこへ館内放送が流れてきた。

「みなさん、こんやはきれいです。星をみるには最高の夜です。よろしかったら夜8時にフロントにおあつまりください」

薄暗いままのフロントに行くと、疲れたような顔をしたカップルや家族が十人ほど集まっていた。受付のおじいさんがにこにこしながら望遠鏡をかついでやってきた。「さあ、いきましょう」

ホテルをでると、チェックインのときには気づかなかった星がでている。流れていく星もあった。みんな、無言でおじいさんについていく。しばらく歩くと草原にでた。おじいさんは言った。

「みなさん、いいですか。いまから私の懐中電灯を消します。みなさんも目を瞑ってください。しばらくしたら、空を見あげてください」

ぼくらは目を瞑り、空を見あげた。どこからかうたが聞こえてくる。

あかいめだまの さそり
ひろげた鷲の  つばさ
あをいめだまの 小いぬ、
ひかりのへびの とぐろ。

ーーほら、あなた。ちょいとこの望遠鏡をのぞいてごらんなさい。

オリオンは高く うたひ
つゆとしもとを おとす、
アンドロメダの くもは
さかなのくちの かたち。

ーーみなさんは、そういうふうに川だと云
いわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。

大ぐまのあしを きたに
五つのばした  ところ。
小熊のひたいの うへは
そらのめぐりの めあて。

翌朝、チェックアウトのときにはおじいさんの姿は見当たらなかった。眼鏡をかけた受付の女性に「昨夜ごちそうになったカレーライス代です」と言って500円玉を渡すと、「はあ、そうですか」と目を丸くした。彼女は代わりに封筒をこちらへ差し出した。中を見ると5千円札が入っていた。差し戻そうとすると「今回は温泉が入れなかったので」と言った。そうして彼女はまた画用紙に目を落とした。手書きで記された部屋番号のひとつに赤鉛筆でばってんをつけた。ホテルのロビーには朝日が射し込んでいた。昨夜の望遠鏡がロビーの片隅に置かれていた。

「あれは先代のオーナー兼支配人が愛用していたものです。支配人が亡くなってもう10年です」

振り返ると、鼻眼鏡の受付の女性と目が合った。もう一度、望遠鏡に目を向けて、昨夜のうたにもう一度耳をすます。お気をつけてお帰りください。またお待ちしております。その声に振り返ると、ロビーに電灯が点いた。このホテルにも電気が戻ったのだ。

2019年9月24日火曜日

アメリカ南西部

After WLA at Estes Park, I came to Santa Fe through the research of Mesa Verde NP. Enjoy photos regarding Tom Outland Story and Death Comes for Archbishop!





The Cathedral Basilica of St. Francis of Assisi

Cliff Palace (Cliff City in The Professor’s House)

Mesa Verde  (Blue Mesa in The Professor’s House)


2019年2月22日金曜日

『繋がりの詩学ー近代アメリカの知的独立と〈知のコミュニティ〉の形成』

*本文は日本ソロー学会会員メーリングリストに寄稿した文章を転載しています。

つい先ごろ刊行された19世紀アメリカ文学をめぐる論集、倉橋洋子,  髙尾直知, 竹野富美子, 城戸光世編著『繋がりの詩学ー近代アメリカの知的独立と〈知のコミュニティ〉の形成』(彩流社, 2019年2月)を以下、簡単にご紹介します。

本書は近年めざましい成果をあげている文学研究のグローバル化の延長線上に位置づけられる。その文脈のなかで本書のオリジナルは、編者のひとり竹野富美子氏が「まえがき」で説明するとおり、<知的コミュニティ>の越境である。コミュニティの相互交渉が人の思考の枠組みにいかなる影響をあたえるのかーこの問いに各論がそれぞれの観点から応答しており、一冊の論集としても一貫したつくりとなっている。

本書には多くの本学会員が寄稿しており、読みどころが豊富にある。ここではソローへの論及のある2篇に触れておきたい。竹野論文は「マサチューセッツの博物誌」を『マサチューセッツの報告書』に対するアンビヴァレントな態度を両者の影響関係を比較検討することを通じて、ネイチャーライターとしてのソローを評価する。

他方、貞廣論文は、世紀末イギリスにおけるソロー作品の出版事情をきわめて精緻な実証的アプローチによって分析し、社会主義者によって進められたソロー受容のありかたが「社会改革者としての作家像を作り上げるのに貢献した」と指摘している(335)。

アメリカン・ルネサンスは、アメリカの知的独立宣言と呼ばれる。だが、じつは作家たちのスタイルや作家像をつくりあげたのは、越境的な<知的コミュニティ>の流動性であった。この指摘は、すでに文学研究においては不可欠なものになりつつあるが、本書の美点は、各論が歴史的な事実と文学テクストとの往還によって実像と虚像とを見きわめようとする方法論ー実証的アプローチと認識論的なアプローチの邂逅というべき方法論ーにある。トランスナショナルな研究の枠組みが総論的に成熟したいま、各論の立証の精度がいよいよ研ぎ澄まされてきた。

その到達点を本書は示している。

2018年12月11日火曜日

ジュディス・バトラー来日

2018年12月6日、明治大学 駿河台キャンパス リバティタワー1F リバティホールジュディス・バトラー氏の講演会「ある哲学的道程—スピノザの存続」に出席。まずは自伝的な思い出から語りおこされた。1970年代、地下室にあった両親の書棚、そこで手にしたスピノザの『エチカ』。それは放棄されたように見えるが、一度は読まれた書物であり、それがバトラーにとって魅惑的に思われた。それは、いかに生きるべきかの本であった。ユダヤの教育を受けていた者にとってはなおさら、単なる生を生きるか、「良き生」を生きるか、その区別こそが重要であるように思われたーースピノザを軸に、その後の哲学的体験、文学との水脈、ジェンダー規範から逸脱する「私」の問題が語られた。バトラーのジェンダーとPrecarityの水脈がスピノザにあった、とする講演であり、『エチカ』第二部における身体の問題にも触れられた。人間の精神こそ神の属性であり、精神の観念は身体からの刺激を通じて規定される。この辺りは國分功一郎氏の冊子を通読しておいたので、なんとか理解できた。

その後の懇親会では、直接バトラー氏と話す機会に恵まれた。多くのファンに囲まれていたバトラー氏に質問できるのは、ひとつの質問だろうと思い、これに決めた。なぜ、1993年の著作Bodies that  MatterではCatherをあつかったのでしょうか?


答えは拍子抜けするもので「セジウィックに薦められたからね」というものだった。それは文章を読めばわかることだったし、さすがにそれだけで引き下がるわけにもいかず、もう少し踏み込んで聞いてみた。キャザーは、ジェンダーにかんして複雑な作家であって、その文章を読み解くことが喫緊の課題だったのだ、その時は、というような回答だった。バトラー先生に、これからCatherについて書いていきます、と伝えたら、「送ってね」と笑顔で言われた。これはリップサービスとしてではなく、約束と捉えている。約束は守らねばならない。


12月8日の東大本郷での講演 "Bodies that still Matter”はアメリカ文学会東京支部と同日だったこともあり出席できなかったが、同名タイトルの講演記録があると森田氏より教えていただく。これは貴重なので抜粋的に文字起こしをしてみようと思う。1993年の著作Bodies that  MatterにはCather論も含まれており、しっかり理解したかったのだがこの講演を逃したのは残念。
森田系太郎氏によると、ここでgrievabilityという語を交えて非暴力の問題がすでに提起されていたとのこと。上記の講演からの思想的展開/転回はgrievabilityが鍵になるということだろうか。

12月11日は明治にもどって、非暴力の話。ここで展開されたgrievabilityの概念には魅惑と疑念を感じる。講演後、新田啓子先生を囲んで数時間、バトラーをめぐる議論ができたのも最高だった。あの時間はたぶん数年しても思い出す光景だと思う。一連の”バトラーショック"から学んだ多くの、しかしぼんやりとしたことを定着させていただいた。Excicitable Speech やFrames of War: When Is Life Grievable?などの2000年代初頭からバトラーが好んで用いたこのgrievabilityという概念を、環境人文学の文脈で応用してみたいと考えている。


最後に、しかし最大に、本講演に尽力された合田正人先生や通訳を手がけられた坂本邦暢先生をはじめ、関係各位に心から感謝申し上げます。

2018年12月8日土曜日

アメリカ文学会東京支部例会2018年12月

「環境をアダプトする」というシンポで野田研一先生のご発表を拝聴。アドイツ出身のアメリカの画家ルバート・ビアスタット(Albert Bierstadt, 1830年1月7日 - 1902年2月18日)の風景画Gosnold at Cuttyhunk, 1858の分析は圧巻だった。
そこに描きこまれた鹿は、ほんとうにアメリカの風景なのか・・・そうした問いを実証的かつ文学的に読みこむ分析力は、ますます冴えわたっている。

ご講演後、せんえつながら、以下のメールを差し上げたところ、

American Europeの概念の応用可能性は視覚芸術にとどまらず、自然誌のジャンルでもカーライルやフンブルトらのヨーロッパの影響が強いことはLaura Dassow Wallsらの近年の仕事で強調されています。そう考えますと、1836年以降のアメリカ文化の独立宣言とされる文藝思潮もまた、文化的干渉の観点から捉えなおされるべきであると感じております。

先生からご丁寧に返信いただいた。

コメント有り難うございました。的確な内容にこちらこそ刺戟を受けます。
とくにフンボルトの重要性は改めて考えるべきことだと感じておりまして、それこそスコットが博論を書いていた時期にフンボルトを盛んに読んでいたこと思い出します。
風景画にとってもフンボルトは重要です。たとえば、ビアスタットやチャーチ、とくにチャーチは北極圏や南米の風景画に手を出していますが、あれはフンボルト的なものの風景画バージョンだと思います。この種の研究も確かあったと記憶します。ソローにおけるworld travelerの問題系とも重なりますね。(世界を旅しなかったwrold travelerとしてのソローと、旅したフンボルトですね。)

懇親会では、来年度のサバティカル中の宿題もいただいた。具体的にはBack to Natureのシュミットの言う"wilderness novel"の概念と具体例の調査,その基底にあるかもしれぬ自然主義とモダニズムの水脈,視覚芸術で言えばオキーフ研究とモダニズムとの関連,etc...。しっかりと形にしていきたいと思う。

波戸岡さんの会場さばきも見事で、あっというまの2時間45分、パネリストの方々に敬意を表します。

2018年9月15日土曜日

稲垣伸一『スピリチュアル国家アメリカ 「見えざるもの」に依存する超大国の行方』

稲垣伸一『スピリチュアル国家アメリカ 「見えざるもの」に依存する超大国の行方』(河出書房新社)2018年、読了。

本書は、アメリカの「スピリチュアリズム」の起源を19世紀半ばに定め、そうした心的な動きが当時の社会運動やジェンダー意識を変容させたと論じる。南北戦争前後のアメリカの激動は、主に奴隷解放運動や女性解放運動と結びつけられて説明されるが、本書はそれらに通底する思想としてスピリチュアリズムを掲げる。無論、アメリカの神秘主義はキリスト教信仰復興運動との関連で説明されてきた研究的文脈はすでにあるが、本書は、スピリチュアリズムを必ずしも宗教の枠組みにとどまらない心的な作用と考えている点において、すぐれて独自な方向性を打ち出している。

本書の美点はいくつもあり、たとえば、スピリチュアリズムがいかに現在のアメリカを規定しているかという、多くの読者の関心に沿っている点や、スピリチュアリズムが女性に対する見方をはじめとするジェンダーバイアスを強化すると同時に、解放への方途をも示している点などが挙げられる。

ぼくにとって本書の美点は、著者の「スピリチュアル」な現象を報告するときの距離感—好奇心や懐疑ではなく、共感を抑制しつつ敬意と驚異を維持する態度—である。たとえば第2章では、スピリチュアリズムの源流には、「人々が日常的に向かい合わなければならない『死』」(63)の哀しみを、非日常的なものに接続して納得しようとする近親者の心理があることを文学作品を通じて論述している。理解を超える理不尽なものと同居しながら生きねばならない人間にとって、それらを納得して生きるには、非科学的とおぼしき現象を実証科学として説明しようという動きが現れるし(70-79)、「可視化」して納得したいというという動きとも連動する(81-83)。

スピリチュアリズムの動きのさなかにある、これらの人々の心性は、稲垣氏にとって、得体の知れない、怪しい現象というよりも、より日常的な、人間のふつうの心理に寄り添うものである。不条理を納得したい、人生の意味をなんらかの方法で形にしたいという人々の切実な心理を(抑制の効いた筆致で)描きだしている。この点が本書の美点のひとつであるとぼくは思う。こうした個人の切実さが、社会運動の切実さとシンクロするのは不思議ではない。

本書の大半は「国外研修中」(272)に準備されたという。2015年1月アメリカ文学会東京支部での研究発表「“A False and Unnatural Relation”フーリエ主義ネットワークの結婚制度批判とThe Scarlet Letter」は、ホーソーンをめぐるかなりまとまったアメリカ文化論になっていて、深く感銘をうけたことをはっきりと覚えているが、その土台をこのような碩学が支えていたのか、と納得した次第である。本書は19世紀半ばの文学・文化を研究する人はもちろん、アメリカという大国の現在を考えるうえで必携であることは疑いない。





2018年4月24日火曜日

世界は矛盾に満ちている 人間は物語で生きている

先週の土曜は上西哲雄先生の御講演をうかがいに仙台は東北大学片平キャンパスへ。上西先生の語り口は、それこそあるべきテクストとして提示されていた3条件そのもので、「おもしろく」「独自のもので」「腑に落ちる」ものであった。

まず「矛盾に満ちた」ものとしての小説をどのように論じるか、という井出達郎さんのすばらしいイントロを受けて、上西先生は、とにかく気づいた点をできるだけたくさん挙げて共有するというワークショップを提案する(このメソッドを論文化したのがこれ)。小説は矛盾にみちているーーこのことを前提として、「物語」を論者独自の観点から語り直すのが「論文」。小説も論文もスリリングな「物語」でなくてはならない。

そしてここからは僕なりの理解だが、小説と論文のあいだに違いがあるとすれば、小説が矛盾を矛盾のまま提示されているのに対し、論文は、できるかぎり矛盾を(排除するというよりも)統合的な形で説明する=物語るものである。(言い換えれば、小説は矛盾を抱え込む世界に近く、論文は矛盾を排除した世界に近い。この点で、小説のほうがリアルで論文のほうが虚構なのである、ともいえそうだ)

節々に文学とはなにかという問いや自己と社会との葛藤など、大切な問いに触れるものが散りばめられていて、本当はそれらを文章にして記憶しておきたいのだが、そういう話は、やはり先生の口から発せられる言葉をじかに耳で聴いていたい。ここでは、技術的な観点をまとめておきたい。つねに論文書きに悩みをかかえている僕には、目からウロコが落ちすぎるお話であった。


論文の構造は、推理小説と同じ。いい短編小説を読もう! 


以上の図式は先生の話を、私の中でかなり簡素化してしまっているのだが、大筋は間違ってはいないかとも思う。より詳細な説明は御講演の中でも言及された下記の論文を参照。

英米文学系学会におけるワークショップ方式による共同研究の実践記録 : 日本アメリカ文学会北海道支部「第4回若手研究者のためのワークショップ」の準備過程→PDF

超保守的文学研究教育者が映画を教える方法 (中・四国アメリカ文学会第43回大会シンポジウム アメリカ文学・文化と映画を教える)→PDF無し


さらに下記のイベントの決定していますので、ご関心のある方はぜひ。

F. スコット・フィッツジェラルド協会2018年度 第1回東京研究会
 日時:2018年6月9日(土)
会場:明治大学駿河台キャンパス グローバルフロント403
12:40 開場
13:00 開会  
総合司会:フェアバンクス香織(文京学院大学)
13:10  ワーク・イン・プログレス
 発題:千代田夏夫(鹿児島大学)
発表テーマ: F. スコット・フィッツジェラルドにおける、黒さとケルト/アイルランド(仮)
14:45-15:15 総括討論
15:30-16:30 講演(科研研究会:若手研究(B)16K16791)
  司会:山本洋平(明治大学)
  講師:上西哲雄(東京工業大学名誉教授)
  演題:「文学の教え方/研究の仕方」
16:30-17:00 総合討論
17:10 閉会
17:30-懇親会(会場未定:会費は6000円程度の予定)

とても濃密な2時間を過ごしたのち、牛タン屋善次郎へ。せっかくなので贅沢に3000円の上タンを注文。美味。仙台最高。翌朝、羽生結弦のパレードから逃れるようにして仙台市内を後にした。

2017年12月23日土曜日

湊禎佳さんの詩集『どこだかわからない ここ 』


湊禎佳さんのあたらしい詩集から表題作「どこだかわからない ここ」。

チョウチョに導かれるように、やぶのなかへと分けいって出遭う鳥や昆虫へのつぶさな観察眼が、独特の心地いいリズムでうたわれる。トンボからヤンマ、カラス、トビ、アメンボ、ハエ、バッタにいたるまで。

散策としての詩があって、そこに飛翔としての「うた」が導かれるという二重構造。たとえばこんな感じーー。


なかにはうっかり吊り橋に

仕掛けられたクモの巣に

やられて動けぬ赤トンボ


この「詩」の部分でうたわれた環境世界が、「うた」としてうたわれるとこのようになる。


クモがよろこぶ たぐりよる

きらきら笑う網の目に

もうだめだよと うつしみの

じんわり滲むたましいが

ぽとりと落ちたよ 橋の下 

「詩」と「うた」を切れ目なく紡ぐような書き方が、虫と虫との網の目に自己が埋没していく感覚とみごとに響きあっている。

この詩「どこだかわからない ここ」が、オキナワを直接思わせるのはほとんど唯一「デイゴの花」に言及されている箇所だが、この詩集には、オキナワの土地を「植民地生まれの植民地育ち」としての詩「南島金網フェンス口説」もある。

だから、「どこだかわからない ここ」という詩が描きだす自然が、どこにでもある自然の普遍性を描いている、と考えるのもちがうだろうと思う。種と種とのつながりという生態学的な環境世界を描いている、という点で、普遍的な側面を読みこむことが可能であるとともに、他方で湊氏は、オキナワにしかいないチョウチョ、ヤンマ、クモ、個別的な生命と生命の終わりを「うた」っているのである。

2017年7月29日土曜日

古井義昭さんの御講演John Marr論

成蹊大学の下河辺美知子先生の科研の研究会にて、古井さんの御講演「NETWORKED SOLITUDE: JOHN MARR AND OTHER SAILORS における孤独の共同体」を拝聴。さいきん出たばかりの(とはいえ書かれたのは2年前だそうだが)“Writing a Durable Mark: A Community of Isolatoes in Melville’s John Marr and Other Sailors.” Leviathan: A Journal of Melville Studies 19.2 (2017) の解題風の趣きとのことで,この論文を入手して通読し,さらには
Networked Solitude: Walden, or Life in Modern Communications(Texas Studies in Literature and Language 58.3[2016]: 329-351)も再読して臨んだ(こちらについてはいずれ論文の形で応答せねばなるまい)。端正な英語で書かれたJohn Marr論が,端正な日本語へと淀みなくトランスレートされた御発表のおかげで,このあたりまったく不勉強な私でも理解することができた。(英語はコロケーションの自然さ、文と文のつながり、パラグラフの明快さなど,見習う点ばかり。)なによりの収穫は,散文と韻文とで書き分けられたメルヴィルのポリフォニックな文章が,古井さんの声で聴けたこと。

さて内容はといえば,コミュニケーション革命の時代に19世紀作家たちはsolitudeの概念をどのように作品に昇華させていたのか,という古井さんの壮大なプロジェクトの一環である。たとえばWalden論では,deep timeにおけるコミュニケーション,つまり超越的な時間の関係に主軸におきつつ、newspaperを読む世俗的なThoreauにも注目する。ここには過去と現在を往還するソロー像が提示されている。今回のJohn Marr論は、そこにくわえて、未来の読者をも見はるかしている。

Marrは,Mound-Buildersに共感をよせ,先住民の残した"a durable mark"に思いを馳せる。responseを示さず、「自然の無関心(the apathy of Nature」を体現する"a durable mark"。この"a durable mark"は(菅谷規矩雄じゃないけれども)無言の現在であり、過去からの呼び声でもある。先住民のなけなしの痕跡たる"a durable mark"には、忌むべき過去があり、それは古井さんも大島を引きつつ、1830年代のジャクソニアン・デモクラシーという時代背景が強調されていたのだが、それゆえに、先住民の辿った悲劇が単数形の"mark"に単純化されてしまうことの暴力性も払拭しきれまい。だから"a durable mark"は、ホーソーンの"The Birthmark"のごとく負の遺産であり続けるのではないか。(これは現場で手をあげようかと迷った質問である。)その問いを自分なりに吟味するに,"a durable mark"に課された負のニュアンスが未来志向へと転換するには,テクストが散文から韻文へと遷移する必要があり,韻文におけるポリフォニックな世界が、他者表象の暴力性をたくみに回避する役割を果たしたと考えを勝手に進めてみたが,この問いはいずれご本人に尋ねてみたい。

以上が今回の御発表内容にそった感想であるが,自分の研究に資する多くの示唆を授かったので備忘のためにいくらか書き残しておこう。そのひとつがwritingからspeechへの遷移の指摘である。Thoreauのテクストは,Emersonと比較するとエクリチュール性が高いといえるのだが,そうはいってもstaticな一人称の語りにとどまらず,複数の声を内包している。先日東京支部で佐藤光重さんによるソローと古典の御発表ともあいまって,ソローのテクストの混淆性についての論への道筋が見えてきたようにも思う。A WeekやWaldenは,散文と韻文,自分の文と他人の文が相互干渉するように組み立てられている。つまり,複数の時間軸,文学ジャンルの混淆性を内包している。また,"Reading"と"Sound"の比較をする上でも,道筋へのヒントを授かった。 Frederick GarberがThoreau's Fable of Inscribing や John T. IrwinのAmerican Hieroglyphics: The Symbol of the Egyptian Hieroglyphics in the American Renaissance (1983)を再読すれば,断片が結晶化するような気がしている。

さて、あらためて古井さんの論文と講演から学んだことを整理しておこう。かれの真骨頂は,時代の文化的背景(コミュニケーション革命)と作家の通時的なテーマ(solitudeやdead letter)とを掛け合わせるなかで、書くこととはなにか,読むこととはなにか,という文学の根源的な問いを解きほぐしていく点である。奇を衒うことのないセオリーどおりの選書にもとづいて,しっかりと先行研究を整理した上で,カウンターの議論を提示している。そのような研鑽の成果を垣間みることで頂戴した刺激を自分のペーパーへと向けていくことがこの夏の目標となりそうである。

2016年5月24日火曜日

波戸岡景太さんの「新しい」批評集

畏友にして同僚の波戸岡景太さんより『ロケットの正午を待っている』をご恵贈いただく。





手にとりたい、触っていたい本である。詩集のような装幀、サイズ感、手触り。(港の人、という出版社の仕事だという。僕は海好きなので、なんとも心ひかれる社名である。)

そして、頁をめくりたくなる。そんな本だ。

毎日新聞の連載をもとに加筆した内容である。とても読みやすい長さと文体なのだが、(おそらく意図的に)文の流れを確認したくなる、いわば「二度読み」したくなる箇所がある。そこに、波戸岡さんの批評の真髄があるのだと思う。

アガンベンと吉田修一、イーグルストンと村上春樹、といった時代も地域もジャンルもことなる文章を併置させるときに必要となる、共通項を探しあてるための深読みと、二つの議論を結びあわせるための論理。その空隙が、読みどころである。

この本の読者が必要とする「二度読み」こそ、波戸岡さんがやっていることではないだろうか。かれは、作家や批評家の枢要な引用箇所を決めるとき、「ひっかかり」が基準になっているはずだ。アウシュヴィッツを論じる際の「ジレンマ」、すなわち、他者表象の困難をなんども追体験するようにして、読み、疑問を抱き、そして書いているはずなのだ。

周知のとおり、波戸岡さんは、ポストモダンの作家、とりわけ、トマス・ピンチョン研究で知られ、“コンテンツ批評”や“ラノベ”といった時代の最前線へ悠々と踏み出していく現代文化批評家でもあるのだが、実は、文体の違和感に鋭く反応する、丁寧な読み手である。この点が、かれの真髄なのだと僕はひそかに思っている。

たとえば、吉田修一の作品にあらわれる、バレエダンサーがアウシュヴィッツになぞらえられるセリフをめぐって、作者のジレンマの痕跡が丁寧に辿られる。

あるいは、イーグルストンの「イタリクス」と「括弧」によるテクストの異物感。この文体はいったいどこからくるのか。

さらには、村上春樹の「嘘」をめぐる分析。(余談だが、この「独立器官」における餓死者は、バートルビーなのではないだろうか)

そして、現代テクノロジーへの疑問。

これらの問いが、手にとることを「待っている」ような本に結実したことは、必然であったのだろう。

大きな理論的枠組みの中で作品を論じる手際については『オープン・スペース』におけるエコクリティシズム、『ピンチョンの動物園』における動物論など、定評の通りであり、本書ではホロコーストの歴史という枠組みが、作品論にゆくりなく接続されている。

懐かしくも「新しい」批評書の誕生である。






2015年10月24日土曜日

上西哲雄先生のご講演

本日は上智大学英文学会におじゃまして、上西先生のご講演「文学の語り方:戦争とアメリカ文学」を拝聴。

文学を読む意味はなにか、文学をどのように語るのか、という基本的だが忘れられがちな重いテーマを、いつもと変わらぬ普段着のことばで、上西先生は語り始める。その姿そのものが、すでに「文学という問い」へのひとつの答えであるのだが、身近な「現代の問題」を語るように文学も語るという姿勢が、今回の御講演の構成にも反映されていた。

導入として、高橋源一郎のSEALDSについてのエッセイで、若者が<私>を主語として、自分のことばで語る、その姿勢にこそ高橋が注目しているという点を指摘する。同様に、今日マチ子『コクーン』を例に、戦争を知らない世代が沖縄戦を取材して、歴史を物語るという現代日本の若者文化にあたらしい動きを指摘する。今回のお題の「戦争」にたいして、若者がそれぞれ思い思いに語っている、その情況を導き手にする。

そこでフィツジェラルドとマークトウェインの戦争の問題に入っていく。「現代の問題」に引きつけつつ文学を読むと同時に、「その当時特有の問題」への心配りが大切であると説かれる。その時代を生きた人が、たしかに共有していた価値観に身を寄せながら、読む。トウェインが子どもの視点で、南北戦争前の世界を描いたのも、時代的な価値観を相対化するためであった。その価値観の限界というものをトウェインが知悉していたからであった。

後から来た者はだいたいの面において有利である。戦争について言えばその帰結を知っている。だが、当時の人々が現代の我々より愚かであったということにはならない。現代だからこそ当然視されているような価値観が、当時は揺らいでいたりする。それが時代性というものだが、その時代的な価値観もまた「個別具体的」なものである。個人もその時代性も捨象することのないように、文学を読み、語る。

文学は科学のような客観主義、あるいは学の文理を問わず実証主義が取りこぼすことになる「例外」を扱う。個別具体性、というのが、まずは鍵の概念となる。

フィツジェラルドもトウェインもそれぞれ第一次世界大戦、南北戦争という画期の戦争の時期を生き、ある種のマスキュリニティと従軍体験が密接にリンクするという時代のなかで、戦争を体験しそびれたという<負い目>をもっている。そのきわめて私的な思いである<負い目>は、集団心理にたいする対抗的な思いとして、作品に昇華されていると論を展開する。

フィッツジェラルドとトウェインという「代表的な作家」は戦争を直接には描かない、描けないという事情において「共通」するが、各作家には「個別具体」的なそれぞれの事情があり、それぞれの仕方において作品を描いた。その引用箇所や結論については、参加した者の特権であるから、心のなかに留めておこう。

もし時間があればお尋ねしようと思った点は、個別具体性と共感の葛藤について。「トウェインやフィツジェラルドのような売れっ子の作家は個別具体的な書きかたをしながら、同時に読者からの共感も得ようと苦心していたはずですが、<理解されないかもしれない>ことと<共感にうったえる>ことのバランスについて、作家たちはどのように反応していたと思われますか?」おそらくは、上西先生の選び出す〈代表的な作家〉とは、読者の共感を集める視点や登場人物が配されながら、つまり、読者の存在をある程度意識しながらも、同時に、個別具体性を描き込む作家、ということになろう。

その意味で、文学を語る時、研究する者ならなおさら、同時代の読者の共感を読みとると同時に、そのような集団的な共感から外れた、作家の個別具体的な事情を読みとること、そして、個別具体的な視点で語ること。文学はいつも例外的なものであり、例外の集積としての世界を描き出すことができるのだから。

さまざま示唆をいただいくなかで、とりわけ『グレートギャツビー』と『夜はやさし』における暴力についての論考を準備するにあたって、とても有意義な視点をいただいた。例えば、銃。この当時の「銃」をめぐる価値観は、列車や電話が初めて登場したときに人間の時間感覚を歪めるという変革があったのと同様、暴力というのが即、人を死に至らしめるものとなる契機となった、と論を進めることができるかもしれない。むろん、この人を殺すための道具が日常生活に舞い込む、という人々の意識の変革は、戦争を背景にしていることは間違いない。


2015年10月11日日曜日

京都3日目 シンポジウム:不倫のエロス

京都での3日目、アメリカ文学会2日目はなんと言っても、舌津先生のキャザー論。新しく出版されたキャザーの手紙とこれまでの伝記的事実を詳細巧みに論に接続し、作品間、作家間を縦横無尽に分析する手捌き、口唇音に注目する舌津節などに圧倒され感動させられながらも、おそらくは埋め尽くされた会場にいた研究者たちは「ポリアモリ」という概念について、その日一日ひとしきり考えたことだろう。
ポリアモリ、一対一の対幻想を相対化する概念について。
この概念が対峙しようとする「対幻想」は、結婚以前の関係にも「付き合う」という「制度」のある国、日本ではとりわけ根深いものであり、「一途」であることや「誠実」であることが疑いえない最上の倫理であるとされてきたピューリタニズムの国においても、新鮮な概念である。先生からの補足説明があったと通り、実際の夫婦関係をみると、多くの場合、不倫や擬似不倫のような関係があって初めて、制度としての結婚制度が成り立っているという、歴然とした事実について、光をあてる視点でもあるのが、ポリアモリである。
ポリアモリは、結婚制度を真っ向から否定するのではなく、制度の枠内でも外でも、同性でも異性でも「エロス」にも似た感情で複数の友愛を肯定するものなので、やはり課題は、対幻想を相対化できるだけの度量があるかどうか、自分の器の多くの部分を占めている家父長的な思考の沈殿をいかに引き剥がせるかにあるだろう。
8月某日、飲み会の席で舌津先生に「Yくんはポリアモリストのセンスがあると思います」との言葉をいただいた者として、そうなのかな、とふと折りに触れて内省してきた。
対幻想に安住することないとしても、いや、 そもそも対に安住などないからこそ幻想なのだし、ポリアモリは目の前にいるひとへの「アモリ」を大切にするための考え方でもあるのだから、ポリアモリはたしかに自分の性格にしっくりくる概念である。
そこで課題に立ち戻る。「嫉妬や束縛に矮小化されない恋愛ないしは友愛」は自分にできるだろうか、と。自分は妬み深い、矮小な人間だから。しかし見方をかえれば、自分の理想ともゆくりなく同居しうるだろう。すべての人やモノにたいして独占欲を手離す、という理想とも。
追記:
自分の嫉妬心や支配欲については、アラフォーになってから、きわめてソフトになってきたことはたしかである。生きやすくなってきた。
ふりかえるなら、特定の異性にたいする嫉妬に狂うから対幻想はうまれ、苦しい思いをしてきたし、させてしまったこともある。
嫉妬を消し尽くすのが困難であれば、あえてそれを抑圧するのでなく「分散」して発散されるという手があるかもしれない。「嫉妬」を、敬愛する複数の先生や複数の先輩後輩に等しく振りわけ、数限りなく薄めていけば、言わば「ポリ・ジェラシー」はポリアモリになっていくのではないだろうか。(これはかなり希釈しないとキモがられるから注意)
もともと先生や先輩からの寵愛にたいする妬みがひどい人間なのだけれども、それは裏を返せば、敬愛と独占欲がせめぎ合う状態なのである。
思い馳せる。その人のすべての時間を独占するのではなく、「この部分だけ」「この時間だけ」微々たる部分を独占して満足する、『ロストレディ』のフォレスターという男のことを。

2015年10月9日金曜日

京都1日目 ソロー&フォークナー学会


昨日金曜はソロー学会では瀧口美佳さんのソローにおける北欧神話、貞廣真紀さんのソローと食の問題についてのご発表を拝聴。

畏友の貞廣さんは理論的な枠組みを導入し、実証的な文化事象の資料をそつなく揃えたうえで、テクスト分析を深める手堅い論調。Cape Codのテクスト、とりわけ、牡蠣でお腹を壊す場面について、外部を取りこむ真珠と結核の身体のソローを比較する手捌きは流石。

フォークナー学会では午前は山根亮一さん、夕方のシンポでは諏訪部浩一さん、畏友の小林久美子さんのご発表を拝聴。衛星学会をハシゴした形だったがこれが功を奏し、濃密な時間であった。久美子さんの発表はもう芸術品の域だ。

平石貴樹先生もご健在であった。平石先生の立教でのフォークナー養成講座には、2000年『響きと怒り』ベンジーセクション、2001年『八月の光』論と二年間だけだが、塚田さんや竹内くんというフォークナリアンとともに、僕は末席の目立たないとこに座して参加させていただいた。

あれから15年、まともにフォークナーは読んでいないのだが、土曜には新田啓子先生のフォークナー論もあることだし、少しずつでも、この大物作家にも背を向けずに取り組みたいと思う。いい研究者がフォークナーへ向かうには訳があるのだし、いい批評がそろっていることも大きい。

2015年4月11日土曜日

アメリカ文学会東京支部4月例会特別講演会

京都大学教授で日本英文学会会長の佐々木徹先生のご講演「小説と映画―ビアスの「アウル・クリーク橋」」を拝聴。
東京支部のウェブサイトにはこのように書いてあった。


 フランスの監督ロベール・アンリコ(Robert Enrico)は1962年にアンブローズ・ビアスの短編小説「アウル・クリーク橋の出来事」を映画化した。この作品はアカデミー賞(短編部門)を受賞するなど高く評価されたが、文学研究家による評判は必ずしもよくない。映画にはビアスのアイロニーが抜け落ちているという点がその最も大きな理由である。本講演はその点の再考を軸に、映画と小説の関係一般について触れつつ、アンリコのスタイルがビアスのそれに匹敵する「オモロイ」ものであることを例証する。(当日映画を全部お観せする時間はありませんので、YouTubeを活用するなどして予習しておいていただければ幸いです。)

そのYouTubeというのがこれ。実際に観ていったのだが、鳥の囀りと水の音が通奏低音になっていて(これが佐々木先生のご発表の肝の一つとなることを知らずに)予習の段階ではほんの25分足らずの長さなのに、ただただ眠くなってしまったのが、発表はとても刺激的であった。南部の奴隷所有者ファーカーは、絞首刑となりアウル・クリーク橋から突き落とされる。しかし、運良く首にしまった紐がゆるんで、ファーカーは川に落ちる。流れにのって銃弾をかいくぐり、ファーカーは森を駆け抜け、愛する妻と娘の待つ豪邸へと逃げ帰るのだが・・・

小説と映画のどちらが優れているか、というのは表現メディアの違いを深く理解して判断せねばならない。この「アウル・クリーク橋の出来事」の場合は、ファーカーと作家ビアスとのアイロニカルな距離感が描かれているか、そしてサプライズ・エンディングへと向かう密かなる伏線が、それぞれの表現ジャンルなりに描き込まれているか、というのが「オモロイ」かどうかの評価基準であると言う。

まずは小説テクスト(Ambrose Bierceの"An Occurrence at Owl Creek Bridge"[1890])には"swing"という語とその縁語に満ちていると指摘される。主人公は川を下り、森を走り抜けるのだがら、「移動」しているはずなのだが、揺れ戻されるという感覚が読者の無意識にうったえかけるかのように描き込まれている。それでは、この映像作品における"swing"はどこに描き込まれているのか。それは観てない方へのクイズとしておこう。

鳥の囀りが終始聞こえている、というのも、実はファーカーが同じ場所から動いていない、動けていない、ということを暗示していると佐々木は指摘する。

この実際は「動けていない」のに逃げているという感覚こそ、この作品の要である。この死の直前の切羽詰まった幻視を、駆け抜ける森の道、自宅の門に見られる遠近法のフレーミングが、まさしくアウル・クリーク橋の上で見た光景、橋の上にまっすぐ線路が続いている遠近法の風景と同じ構図であると指摘する。これはきわめて舌を巻く、刺激的な指摘であった。

さらには作中に響くドラムがKenny Clarkeであることに意味を見いだす。佐々木は、東海岸で演奏していたドラマー・ケニー・クラークがゆくゆく人種差別でフランスに移住するという事実から、南部奴隷所有者であったファーカーにたいするアイロニカルな距離をつくり出すことに寄与していると指摘する。さらには、最終場面、(これは眉唾モノであると思うのだが)ファーカーが橋から吊られてる場所が、こちらの視点が180度回っても、同じく右側に吊られていることから、「動いているようで、実は動いていない」という錯覚を、観る客側にも及ぼしていると指摘する。

昨年暮れ、立教大学でのご講演もそうであったが、佐々木先生のご講演は、難解な理論や重箱の隅をつつくような事実を列挙するようなものではない。そうではなく、テクストと映像の細部と、作品にまつわるたしかな周辺知識になんらかの一貫した意味を見いだし、説明をする。一貫性のみならず、魅力あるストーリーによるプレゼンテーションもまた秀逸である。円熟の研究者は先行研究をおさえることを軽視しがちであるが佐々木先生はしっかりおさえたうえで論じている。ある意味では基本に忠実な手法であるのだが、それこそが「スンバラしい」。刺激的な指摘ばかりを学ぶのではなく、昨年暮れのご講演の後で後藤和彦先生に言われたのように、「おい山本。佐々木さんみたいに、ああやって調査を重ねて、事実を積み重ねて、作業レベルの研究にしっかりと時間をかけな、あかんぞ。自戒を込めて言うんだが。」

丁寧に研究して、丁寧に示すという基礎作業に時間をかける研究をせねばならない。

2015年3月28日土曜日

アメリカ文学会東京支部3月例会


2015年3月28日(土)慶應義塾大学三田キャンパス。

佐久間みかよ先生の研究発表「トランセンデンタリストとアメリカン・スタディーズ再考 ――エマソンのレクチャーを中心に」を拝聴。 エマソンとメルヴィルを中心としたtranscendentalism研究において、堅実な実証研究を積み重ねておられる佐久間先生らしく、緻密な分析が光る発表であった。

エマソンのレクチャーこそよく知られているが、アメリカ文学における牧師による説教の伝統は強調してもしすぎることはない。その点を出発点として論は展開する。超越主義という考えは無論コールリッジらの英国ロマン派を経由したドイツ観念論を源泉とするが、より厳密にはFrederic Henry Hedge (1805-90) に遡って規定されねばならない、と示唆される。このHedgeを検索すると、このページに突き当たった。
From 1836 Hedge's visits to Boston from his new home in Bangor, Maine occasioned the gathering of what Emerson called the "Hedge Club" but was more commonly called the "Transcendental Club." 

ついつい簡略化しすぎて超越主義はエマソンを嚆矢とすると論述してしまうが注意せねばならない。さらにこの引用できになるのが、Bangor, Maine という地名である。この地名はThoreauがThe Maine Woodsの起点にしていた場所であり、1850年代当時のメイン州の状況を調査するのも面白いかもしれない。

ご研究内容の肝は、出版文化がボストンからニューヨークへと移りゆく過渡期を背景に注目した点であろう。この過渡期と"Young American"(1844)というエマソンのレクチャーとの呼応関係が興味深い。ニューヨークの地下鉄が整備されつつあり、交通の要所となっていき、ボストンは伝統を固守するという、ニューイングランド内においてアメリカと英国の関係性の縮図のような様相を示しているとの指摘は興味深い。都市の発明が小説成立の根拠のひとつになったと指摘する高野泰志「都市の欲望─ ポーの推理小説に見られるのぞき見の視線」[『九州英文学』31 (2014): 73-80 ]も合わせて参照すると19世紀出版文化が立体的に理解されるだろう。

エマソンやフラーのみならず、その他の超越主義者たちのゆるやかな交友関係を描き出す、まさしく碩学の研究発表であり、早く論文なり書籍の形で手にとりたい。僕の博士論文第1章の骨子はThoreauはエマソンと英国文化の双方向からの「影響の不安」(H. Bloom)のなかで執筆していて、結果として失敗した詩人となったが、詩を論ずる副産物から生まれた散文作品Walden は全体として一つの秀逸な「詩論」として成立したと論じるものであった。その意味では、エマソンと英国ないしはヨーロッパとの関係を「二つの」影響とひとくくりに呼んでしまうのは、大雑把すぎたのだろう。エマソンやその他のヨーロッパ帰りの知識人の言葉をソローはどのような思いで受け取っていたのか、という観点で再考してみたい。 いつもながらthought-provokingなご論考に深く感謝したい。


ところで、はじの方の目立たない場所に座っていたら、たまたま目の前にちょこっと座った方があった。立教大学退職後お目にかかっていなかった千石英世先生であった。うれしい偶然。

その後16時より、一橋大学院生の笠根唯さんのご発表で僕は司会をさせていただいた。ご発表は、ハーマン・メルヴィルのThe Confidence-Manにおける“Surly”という語のオクシモロニックな様態が、これまでのコスモポリタニズム観にたいして転覆的な力を及ぼしているという内容であった。アメリカ文学における帝国をめぐっては、僕自身とても興味のある内容なので、ヨーロッパ思想との関連でメルヴィル研究を続けている笠根さんの今後には注目していきたい。

2015年1月11日日曜日

C. L. R. Jamesとメルヴィル批評

一橋大学での研究会One-day Forum "C. L. R. James Today、"に大西とし君を誘って参加。大変勉強になる機会をつくってくださった中井亜佐子先生、科研プロジェクトの方々に深く感謝申し上げます。

トリニダード・トバゴ出身の英国作家ジェイムズがメルヴィルを論じる契機となったのは、どのような思想的、歴史的な背景があったのか。


吉田裕先生のプリズンライティングとして読むMariners, Renegades, and Castawaysは、その問いに向かっていく論考でとても勉強になった。吉田さんは1960年代以降の英国の言説を念頭におかれていたが、アメリカ文学史の文脈で私は刺激を受けた。そういうオーディエンスの「我田引水的」な聴き方が許されるのもトランスアトランティックな研究会の美点であろう。


ジェイムズのプリズンライティングは、アメリカで連綿とした系譜のある捕囚ナラティブにも接続するだろうか。あるいはメルヴィルやソローが描いた投獄の意味を転覆させる超越主義的な抵抗の身ぶりとも共鳴するのではないか。


またトランスアトランティック・モダニズムに関していえば、いわゆるメルヴィル・リヴァイヴァルと呼ばれるメルヴィル再評価が1920年代のモダニズム期に、しかもイギリスを震源地としていた事実がある。


それに加え、1941年にはアメリカにおいて共産主義思想と同性愛という、言わば暗喩的な「牢獄」を生きたマシーセンによって、アメリカンルネサンスの作家としてその名を刻まれたメルヴィルが、1951年にCRLジェイムズによって『白鯨』が論じられるにいたったことを、牢獄のイメージで繋ぐ試みも可能であろう。


戦争、暴力、革命という観点から、「トランス・センチュリー」という批評的視座を目指すにあたって、ジェイムズとメルヴィルを併読してみたい。


ところで、英文学系の先生方ばかりで懇親会は遠慮したが、大西くんは熱く誘われていたので是非参加するようにと促した。早速連絡交換をしていたし、よい出会い、よい繋がりとなれば先輩としては誘った甲斐があるというものだ。こうしたトランスアトランティックな視点でのアメリカ文学からの取り組みとして、ここ数年、すばらしい成果を出している九州方面からの『環大西洋の想像力』があるのだし、ますます勉強不足を痛感しながら、古典と批評の大海原へと航海せねば。


http://gensha.hit-u.ac.jp/research/TransA/symposium20150111.html

主催: 科研費基盤(B)プロジェクト「モダニズムの越境性/地域性――近代の時空間の再検討」(研究代表者:中井亜佐子)
 "History and Life-Writing: Translating Paul Buhle's C. L. R. James"(中井亜佐子 一橋大学)
Masashi Hoshino(星野真志 一橋大学)
 "Through Englishness to World Revolution: C. L. R. James and George Orwell"
Yutaka Yoshida(吉田裕 東京理科大学)
 "Revisiting Mariners, Renegades, and Castaways as Prison Writing"
Discussant: 
Ted Motohashi(本橋哲也 東京経済大学)